2012年08月24日
ハインリッヒ・シュリーマン余話 ① 幕末の日本
ハインリッヒ・シュリーマン余話⑦ 幕末の日本
大きな富と自由とを得たシュリーマンは、
彼の有名なトロイの発掘に取りかかる前、
世界一周をしていました。
もちろん、飛行機も無い時代ですから、せい
ぜい、咸臨丸程度の船だったことでしょう。
彼が訪れたのは、幕末期の江戸、横浜とその
周辺で、一ヶ月くらい滞在し、自分の目で見た
日本を細かに書き残しています。
彼が日本を訪れたのは、トロイの発掘をする
6年前のことです。彼は船で、まず、清国を訪れ
それから、日本に来たのです。当時の中国の
ことも驚くことが多いです。
崩れかけた万里の長城へ一人で昇った話、
中国の娘さんたちが纏足(てんそく)で、
小さい靴を履いていて、うまく歩けなかっ
たこと、何でも、お金次第で物事が動いて
いたこと、などなど。
次に訪れた日本では、、
たとえば、日本人は、非常に質素だけれど、
船頭さんにチップをあげようとしても怒って、
受け取らなかったこととか、日本の家屋は
とてもシンプルで機能的に出来ていることとか、
当時の馬は蹄鉄の代わりに、わらじを履いて
いたことなどが、外国人の目から、見たままを、
何の偏見にもとらわれずに書いています。
まだありますよ、でも、それは次回につづく。
大きな富と自由とを得たシュリーマンは、
彼の有名なトロイの発掘に取りかかる前、
世界一周をしていました。
もちろん、飛行機も無い時代ですから、せい
ぜい、咸臨丸程度の船だったことでしょう。
彼が訪れたのは、幕末期の江戸、横浜とその
周辺で、一ヶ月くらい滞在し、自分の目で見た
日本を細かに書き残しています。
彼が日本を訪れたのは、トロイの発掘をする
6年前のことです。彼は船で、まず、清国を訪れ
それから、日本に来たのです。当時の中国の
ことも驚くことが多いです。
崩れかけた万里の長城へ一人で昇った話、
中国の娘さんたちが纏足(てんそく)で、
小さい靴を履いていて、うまく歩けなかっ
たこと、何でも、お金次第で物事が動いて
いたこと、などなど。
次に訪れた日本では、、
たとえば、日本人は、非常に質素だけれど、
船頭さんにチップをあげようとしても怒って、
受け取らなかったこととか、日本の家屋は
とてもシンプルで機能的に出来ていることとか、
当時の馬は蹄鉄の代わりに、わらじを履いて
いたことなどが、外国人の目から、見たままを、
何の偏見にもとらわれずに書いています。
まだありますよ、でも、それは次回につづく。
Posted by 剛先生 at 15:13│Comments(0)
│シュリーマン
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