賢く生きる ④ 大黒屋光太夫
地図を広げてみると、北海道のはるか上にある
カムチャッカ半島から、オホーツク海を渡り、
オホーツク、ヤク-ツクを経由して、イルクーツク
モスクワを通って、ペテルブルグまでの距離を
見ると、地上の最大の大陸であるユーラシア大陸
を大きく横断しています。光太夫たちは、馬車で
この道を往復して、日本に帰国したのでした。
その寒さは、暖かい日本で育った人間には、
想像もつかないほどのものでした。
衣類をいくら重ねても、その寒さを防ぐことが
出来ず、布団のようなものに包まっても、中の
人間は、凍傷を起こすほどでした。
仲間の一人はそれが元で、片足を切らなければ
なりませんでした。光太夫たちが広いロシアの
平原を旅していたとき、高い木の上に、ぶら下が
った馬の死骸をたくさん見ました。現地の人の
話では寒さで、死んだ馬たちが、雪の中でそのまま
放置され、春になると、木の枝にひっかかった
状態で、高い木々の上に残るのだそうです。
それほどの寒さであり、雪の深さでもあった
のです。
彼らは、思いがけず、ロシア人の親切に助けら
れて、この大旅行をやり遂げ、都のペテルブルグ
へ着きました。宮廷で、当時の女帝エカテリーナ
女王に謁見を許されました。そして、とうとう、
日本に帰る許可をもらったのでした。
その話は次で。(つづく)
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