賢く生きる ④ 大黒屋光太夫

剛先生

2012年09月14日 15:48

地図を広げてみると、北海道のはるか上にある

カムチャッカ半島から、オホーツク海を渡り、

オホーツク、ヤク-ツクを経由して、イルクーツク

モスクワを通って、ペテルブルグまでの距離を

見ると、地上の最大の大陸であるユーラシア大陸

を大きく横断しています。光太夫たちは、馬車で

この道を往復して、日本に帰国したのでした。

その寒さは、暖かい日本で育った人間には、

想像もつかないほどのものでした。

衣類をいくら重ねても、その寒さを防ぐことが

出来ず、布団のようなものに包まっても、中の

人間は、凍傷を起こすほどでした。

仲間の一人はそれが元で、片足を切らなければ

なりませんでした。光太夫たちが広いロシアの

平原を旅していたとき、高い木の上に、ぶら下が

った馬の死骸をたくさん見ました。現地の人の

話では寒さで、死んだ馬たちが、雪の中でそのまま

放置され、春になると、木の枝にひっかかった

状態で、高い木々の上に残るのだそうです。

それほどの寒さであり、雪の深さでもあった

のです。

彼らは、思いがけず、ロシア人の親切に助けら

れて、この大旅行をやり遂げ、都のペテルブルグ

へ着きました。宮廷で、当時の女帝エカテリーナ

女王に謁見を許されました。そして、とうとう、

日本に帰る許可をもらったのでした。

その話は次で。(つづく)

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